「2がの3が」——もっと綺麗な見せ方

先日の1枚謎にコメントをいただきました。表現について改めて考えるきっかけになったので、今日はその話をします。

「2がの3が」と書けばよかった

いただいたコメントは、こういうものでした。「なるほど、真ん中のスマホの画面は『2がの3が』なのですね!やらぬ善よりやる偽善、と言う言葉もございます。」

この謎は、数字に金銀銅を当てはめる仕掛けです。1には「きん」、2には「ぎん」、3には「どう」。そうすると「2が」は銀河、「3が」は動画、そして「ぼ1かつ3」は募金活動になります。答えにたどり着くと、最後の「やらぬ善よりやる偽善」というひとことが効いてくる、というわけです。

スマホの画面を、銀河の画像が表示されていて、なおかつ動画として再生されている、という二段構えで描いていました。ところが画面の中身を「2がの3が」、つまり「銀河の動画」と表せば、二つの要素がひとつの言葉で繋がる。コメントを読んだ瞬間、こちらの表現のほうがずっと納得度が高いと感じました。意味としても綺麗にまとまっているんですね。

反省の多い謎でした

まず、トリックが金銀銅である必然性が薄いこと。1・2・3に何かを当てはめる仕掛けは色々あり得るのに、金銀銅でなければならない理由が謎の中にありません。せっかく金銀銅を使うのなら、メダルや順位といった、答えやヒントの側に金銀銅とつながる要素を仕込んでおきたかった。そうすれば「ああ、だから金銀銅なのか」という気持ちよさが生まれて、全体が締まったはずです。

ヒントが少なかったのも事実です。実は別の記事でも、取っ掛かりがなくて謎解きとして微妙だ、というご意見をいただいたことがありました。今回も同じで、解き手が最初の一歩を踏み出すための足場が足りていませんでした。

最近、こういう反省点を抱えた謎が増えてきている気がしています。仕掛けを思いついたところで満足してしまい、それを解く人がどう感じるかという意識が低かった。

毎日投稿は、足りないところが見える

毎朝8時に1枚謎を出し続けていると、自分に何が足りないのかがはっきり見えてきます。怖いことでもありますが、これはありがたい環境だとも思っています。

数をこなすからこそ、ヒントの足りなさや仕掛けの必然性の弱さといった、自分の癖が浮かび上がる。一回きりの投稿では気づけなかったことが、毎日続けるなかで見えてきます。謎クリエイターとして、これ以上ない練習場だと感じています。

そして、その練習場で一番大きなヒントをくれるのが、今回のようなコメントです。「こう書けばよかった」と後から気づくことが多くて、その気づきの多くは私一人では得られなかったものばかりです。「2がの3が」も、まさにそうでした。

これからはもう少しクオリティを上げて、自分でも納得できる謎をお届けしていきたいと思います。今回のような気づきを一つずつ拾いながら、味付け程度の謎を、もっと美味しく仕上げていきます。

素敵な表現を教えてくださって、ありがとうございました。